で、当日の「志の輔落語」の話。
最初の『親の顔』は、息子がテストで5点を取ってきたので先生に呼びだされたオヤジが珍問答を繰り返す噺。その5点も先生のお情けだったのだが、話しているうちに息子の言い分にも一理あるなと思うオヤジ。その理屈には、挙句の果てに先生も二の句がつげなくなり、半べそになりながらサゲに。
新作なのに聴き終わった後は『初天神』のような味わいになる。
さて、『中村仲蔵』である。
マクラで上下(かみしも)の切り方など、ちょっと丁寧に説明が入る。その際に歌舞伎の舞台ではこうなってああなってと話したので、これはひょっとして芝居噺か?と思った。生の長唄三味線(サイトによれば松永鉄六さんという方らしい)がいらっしゃるんだから間違いないだろうと。『中村仲蔵』と分かるまで時間はかからなかった。
歌舞伎役者の身分も丁寧に織り込みながら噺は進む。
仲蔵が花道の七三で「申し上げます・・・」の短い台詞を忘れてしまい、思い切って團十郎の耳元で「親方、忘れました」と囁き、芝居を続けるエピソード。
自身が観た『鎌髭』(歌舞伎十八番)の印象を語りながら(四代目)市川團十郎と中村仲蔵の『鎌髭』でのやり取りを表現する。意外な所で見物が盛り上がるのが不思議な團十郎は他の役者に聞いてみると、仲蔵が工夫した見得で客が唸っていると知る。
台詞を忘れたところを機転で乗り切り、工夫を怠らない仲蔵を團十郎は叱るときは叱り、褒めるときは褒め、稲荷町から中通り、相中、そして名題へと引き上げていく。
ここまでのキモは「木場の親方」と呼ばれたその四代目市川團十郎の懐の大きさだ。
異例の出世は当然周りの反発を招く。それを一切合切「俺が引き受ける」と言い切る團十郎だった。
ここは高座姿もひときわ大きく見えた。
そして仲蔵が名代になっての初芝居。与えられた役は『仮名手本忠臣蔵』五段目の斧定九郎一役。端役も端役のこの役を雨宿りに入ったそば屋で見かけたずぶ濡れの浪人にひらめきを得、今までとはまるっきり違う定九郎を創り上げたのは御存知の通り。
そして仲蔵の定九郎に驚いた見物が周りに評判を話し回る。中には定九郎の仲蔵が本当に鉄砲で撃たれて殺されたと思い込む人まで出る始末。それだけ(当時の人にとって)リアルに見えということ。この場面の表現も面白かった。
今回の志の輔版『中村仲蔵』は仲蔵自身の台詞でなく、周りの團十郎、浪人、見物を丁寧に描くことで仲蔵が浮き上がってくる。
自分は『中村仲蔵』は先代の林家正蔵(彦六)のものしか聴いていなし、彦六のそれは短いものなので、長時間噺す場合の演出が通常どうなのかは知らないから、簡単に比較することはできないが、仲蔵の気持ちの移り変わりが鮮やかに表現されていたと思う(圓生のを聴いておくのだったと後悔)。
なんにしても「たっぷり!!」と堪能した高座だった。
個人的なことを書くと、今回『中村仲蔵』を演ってくれたことは非常に感慨深い。
自分の場合は(亡くなった後の)古今亭志ん朝のCDで落語に目覚め、そこから枝葉が伸びるように歌舞伎に、さらには文楽に興味が広がっていった。
志ん朝の『文七元結』で落語に忠誠を誓った(大げさだね)ので、圓朝作の噺、芝居を調べたりしているうちに、昨年のオフ会に参加させていただいた松井今朝子先生の中村仲蔵を主人公にした『仲蔵狂乱』に出会う。
そして歌舞伎、文楽を自分なりに楽しむことで、自然と落語を聴くのにいい影響が出てきた。
『仮名手本忠臣蔵』を観れば落語の『四段目』や『七段目』、さらには『百年目』も面白く聴ける。
『義経千本桜』を観れば『猫忠』が、というふうに途切れることがない。
もっとも、自分も生で歌舞伎や文楽を観たのはほんの数えるほど。その点は距離のハンデがある。
なのでNHKと(なくなったけど)歌舞伎チャンネルが頼りだった。
そのような訳で、ひょっとしたら自分と同じように落語、歌舞伎、文楽に手を出してみようかと思いつつ、躊躇している方が(この広い世の中には)いらっしゃるかもしれないので、一助になるのではと考える品を以下にあげたいと思う。
まず松井今朝子先生の作品から、『中村仲蔵』を楽しむために『仲蔵狂乱』を。そして歌舞伎が日本人に与えてきた影響について論じた『歌舞伎の中の日本』はNHK‐Eテレで放送された番組に大幅加筆したもの。『まんが歌舞伎入門』は松井先生が原作。長いものを短く分かりやすく伝えるためにかなり苦労されたらしい。
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『仮名手本忠臣蔵』は放送を待っていたらいつになるか分からないので、DVDがよろしいかと。ひょっとしたらレンタルもあるかもしれないし、置いてある図書館もあるかもしれませんね。ちなみに、自分も生では(吉右衛門の)「七段目」しか観ていません。
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文楽の方の『仮名手本忠臣蔵』もDVDでいいから観たい、いや、観なければならんなぁと考えています。
これから文楽を観てみようとお考えならば、元NHKアナウンサーの葛西聖司さんの新書と赤川次郎の文庫をお勧めします。
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あらすじだけ読んでみたいなと思う方は橋本治・岡田嘉夫の絵本がいいでしょう。純粋に読み物としても面白いものでした。
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歴代の市川團十郎については当代團十郎が語る新書がいいですね。
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糸井重里氏絡みでは、「ほぼ日」のサイトで連載された『大向うの堀越さん』も一読の価値あり。
ほぼ日刊イトイ新聞-感動を掛け声にのせる、大向うの堀越さん。
話を戻すと、今回の「志の輔落語」、生の三味線、ツケ打ちとあいまって、自分にとって「奇跡の一席」と言えるものでした。
その「一席」は客席が一体になって作ったものだったと思う。
遠くから気仙沼に来てくれた人達、本当にありがとう!