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yosi0605's blog

とりとめのない備忘録です

訃報:木村拓也

MEMO

広島カープの名選手にして巨人のコーチである木村拓也が亡くなった。
シートノック中にグラウンドで倒れた瞬間の映像もニュースでなんども見た。
人の運命とは・・・と感じずにはいられない。
謹んでご冥福をお祈りしたい。


巨人の木村拓也コーチが死去…意識戻らぬまま


 2日に行われたプロ野球・広島―巨人戦(マツダスタジアム)の試合前にくも膜下出血で倒れ、広島市内の病院に入院していた読売巨人軍木村拓也(きむら・たくや)内野守備走塁コーチが7日午前3時22分、死去した。37歳だった。

 告別式は10日午前11時から、広島市西区南観音8の10の8平安祭典広島会館で。喪主は妻、由美子さん。巨人軍は23日から東京ドームで行われる広島3連戦のうち1試合を追悼試合とする。

 木村コーチは2日の試合直前、シートノック中にグラウンドで倒れ、球場で心臓マッサージなどの応急処置を受けた後、同市内の病院に運ばれていた。球団関係者によると、倒れた直後から危篤状態で意識が戻ることはなかったという。


最近は楽天イーグルスができたこともあってご無沙汰していたが、それ以前は広島カープが一番のお気に入りだった。野村、江藤、前田、音、緒方、金本、そして木村拓也がいた広島が。

巨人の新人研修での講義がオフィシャルサイトにアップされていたので一読をおすすめします。


http://www.giants.jp/G/museum/2009/information/info_40309.html


高校時代は4番を打っていて、捕手でした。19年間プロ野球選手をやって、最後は2番・セカンドになった。そのいきさつを話そうと思います。
 
 1990年のドラフトで、僕は指名されませんでした。当時は6位までに指名されなかった選手は、「ドラフト外」で自由競争でした。僕は高校通算で35本塁打打っていて、宮崎県のお山の大将で、ドラフトで自分の名前が出ないでショックでした。ドラフト外日本ハムに入団する時に、スカウトから「入ったら横一線だから。プロの世界は自分が頑張って結果を残せば、一軍に上がって大変な給料がもらえる」と言われました。


(中略)

 
自分は「こういう選手になろう」と思ってここまで来た選手じゃない。こうやるしか思いつかなかった。それが「ユーティリティープレーヤー」、「何でも屋」で、それでもこの世界で食っていける。「レギュラーになる、エースになる」だけではない。巨人の藤田宗一投手は、中継ぎ登板だけで自分と同じ歳までやっている。それで飯が食える、それがプロ野球。「俺が一番うまい」と思って入団して、一番得意だった事がうまくいかない。それもプロ野球。その時にあきらめるのではなく、自分の話を思い出してほしい。投げ出す前に、自分自身を知って可能性を探るのも必要ではないか。
(一部抜粋)