「下書き原稿解消週間」の第三弾は「本」になります。
今回、文中はすべて敬称略となっておりますので、何卒ご了承くださいませ。
昨夏、帯買いした後、積ん読状態になっていた新書『米原万里の「愛の法則」』を積ん読解消の一環として読んでみたらとてつもなく面白く、その後米原万里個人の来歴やら著作一覧を調べ、目に入る本を片っ端から読み始めた。その甲斐あって、米原万里個人の著作として残すは『マイナス50℃の世界』と翻訳の『私の外国語学習法』の二冊を残すのみに。「遅読」の割にはまぁまぁのペースだったかと思う。
米原万里という人については、ロシア語通訳としてニュース番組に出演していた記憶が若干あるだけで、父が共産党の衆議院議員だった米原昶(よねはら いたる)ということや、その父の赴任に伴って9歳から14歳までプラハのソビエト学校に通っていたこと、何より実妹が井上ひさしの奥様である井上ゆりだったことを読み始めるまで知らなかったのだから我ながら呆れて物が言えない。その意味で先日の井上ひさしの訃報は二重の衝撃があった。
米原万里 - Wikipedia
小学生の時期に5年間、プラハのソビエト学校で世界各国から集まった子供の中に身を置いて「幼なじみ」になったということは、知らず知らずのうちに東西両陣営の駆け引きの真っ只中に放り出され、むき出しの国際政治の渦を生きたということになるのだろう。そして同じ共産主義国家でも盟主ソビエトではなく、衛星国であるチェコスロバキアで生活したことで「中心から一歩引いた視線」のようなものが身についたのではないか。その経験は小説家として『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』『オリガ・モリソヴナの反語法』に結実していると思う。
さらにエッセイストとして、歯に衣着せぬ物言いは快感ですらある。評論家佐高信は講演などで「小泉純一郎は森喜朗という汚れたパンツを裏返しにしたようなもの」と米原万里の決めフレーズを「借用させていただいた」と自分で語っていた。実際、幸か不幸か、エッセイストとしての活躍は“小泉総理”人気の絶頂期と重なる。そして、それらエッセイを読んでいると、とんでもない時代だったなと改めて認識せざろう得ない。自分で思い返してみて2004年のイラクでの日本人人質事件、その後の2005年9月11日の総選挙で世の人の意識が変わったような気がしたし(「9・11」というのが空恐ろしい)、小泉自民の圧勝を受けて何かが「終わった」と感じた。その日本人人質事件に関して生前最後の著作『必笑小咄のテクニック』から「米原万里らしさ」を感じる部分を引用してみたい(85−86ページ)。
ところで、状況全体の細部に拡大鏡を当てて、あたかもそれが一大事であるかのように錯覚させて、核心部分から目をそらせ、問題の抜本的議論をはぐらかすという手口は、小泉首相の話法の特徴でもある。カメラで言えば、いきなりズームイン。バラの花びらに止まった油虫に注目させておいて巨像を隠す手品師のトリック。こうすると、視野が極端に狭くなり、冷静な判断ができなくなり、議論もヒステリックになる。
ここからカメラをズームアウトして全体を見渡すと、ちゃちなトリックが丸見えで、それに騙された自分が笑えるのだが、小泉首相自身はズームインのまま、決してズームアウトしてくれないので、それは国民の側がしなくてはならない。
例えば、2004年、イラクでの邦人拘束事件をめぐり、小泉首相は「自己責任論」を振りかざして人質と家族を非難した。冬柴公明党幹事長は「救出費用」の請求まで言い出した。
これは、まさにズームイン手法。それだけ見ると、「自己責任論」は美しいし、誰も反対できない。でもズームアウトして状況全体の中で見ると、これが見事に全部ひっくり返る。国民の生命と安全を守ることは、国の最重要な責務。国=政府は、自衛隊や警察を持つ権利や徴税権を与えられているのだから、邦人保護を放棄したら、国は存在価値がなくなるのだ。宗教団体は「信じるものしか救わない」でいいけれど、政府は政策を支持する者もしないものも救う義務がある。この政府としての最低限の責任の放棄から国民の目をそらすために「自己責任論」を持ち出したのだろう。人質たちは、今までの反戦的なあるいは人道的な活動を評価されて、勝手に開放されてしまったのだから。「救出費用請求」だって、政府が救出に寄与できなかったことを隠すトリックだった。相沢外務副大臣御一行さまがファーストクラスでバグダッドではなくアンマンのホテルの貴賓室に泊まり、飲み食いし、アルジャジーラ放送を視聴して過ごした費用や、解放された人質たちを頼みもしないチョー豪華な医療施設(日本の外交官はいつもこんな贅沢しているんだとわかったのは収穫)で診察し、頼みもしない特別機に隔離して運んだ費用が、果たして救出費用と言えるのだろうか。政府の「自己責任論」や「救出費用」に煽られて一部国民が人質バッシングに走ったのをズームアウトモードで眺めていた英米仏独など先進国のメディアが、これをさんざんに嘲笑していたことからしてかなりグロテスクで滑稽に映ったのは間違いない。
文中の「相沢外務副大臣」とあるのは松下政経塾卒塾生!で初の!!国会議員!!!になった逢沢一郎元外務副大臣のことでしょう。自分が持っているのは2006年の「第三刷」となってますが、最新版では修正されていることと思います。松下政経塾・・・いつか書く日もあるでしょう。現在卒塾生がテレビ関係を所管する総務大臣ですからニュースで「わざわざ」特集を組んだりしていますね。
逢沢一郎 - Wikipedia
話を戻すと、書評家としても絶品だった。亡くなるまで週刊誌に連載された「私の読書日記」と過去の書評を集めた『打ちのめされるようなすごい本』に収められた書評に触発されて、旧ユーゴスラビアのナチスドイツによる侵攻から戦後の独立までを緻密な歴史考証で描いた坂口尚『石の花』(全五巻)を手に取ったりした。
そして愛犬家、愛猫家、または過去に犬猫を飼った経験のある人(自分もそうなんですが)は『ヒトのオスは飼わないの』にあふれる犬や猫への愛情に涙が滲むかもしれない。
さらにシモネタ、小咄愛好家の面も言及したいのだけど、もう限界です(@_@)それだけ底の知れない人なのですね。
最後に、少女時代から外国語に囲まれて育ち、ロシア語同時通訳として活躍した米原万里が早期の外国語教育に批判的であったことは、小学校からの英語教育が始まってしまった今、真面目に考えるべきことだと思う。
一作も駄作はなかったので、どれから読んでも間違いはないのだけど、自分が何度も読み返すのは下記の本でしょうかね。
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書評に「触発されて」一気読みした『石の花』。特にナチスドイツの収容所の描写は圧倒的。
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