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yosi0605's blog

とりとめのない備忘録です

歌舞伎座新開場 柿葺落六月大歌舞伎(その2)

演劇・芸能

第一部を見ているうちに、もしチケットが取れるのなら『助六』も観たい!と思うようになってきたのは無理もない。
ただ、運良くチケットが取れても値段が値段なので、幕見の列がどのくらいになっているか確認してからにしようと考えた。
第一部が終わって外に出ると、幕見の行列がそれほど伸びていない!
これならと並んでみたら第三部二幕通しで20番代が取れた。
幸運を神様に感謝したくなったよ(^^ゞ


一、御存 鈴ヶ森(ごぞんじすずがもり)
二、十二世市川團十郎に捧ぐ
  歌舞伎十八番の内 助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)
    河東節十寸見会御連中


助六』はとにかく舞台も役者も華やかであった。
くわんぺら門兵衛(吉右衛門)の頭にうどんが乗らず、滑って舞台に落ちてしまうハプニングもあったけれど、さり気なく自分で頭に乗せるのは吉右衛門のキャリアのなせる技?
福山かつぎ(菊之助)との絡みでは義理の親子対面にこっちが盛り上がった(^^♪

そして通人(三津五郎)の股くぐりでは最高の盛り上がり。
助六海老蔵)を前にして「じぇじぇ」、次の白酒売(菊五郎)では「じぇじぇじぇ」と活用するところが憎い。
また、助六の股をくぐる直前にファブリーズ(らしきもの)を取り出したので場内は再度の大爆笑!!
花道では十二代目に触れ、将来の十四代目に思いを馳せてしんみりと〆るところはさすがだった。

大満足で歌舞伎座を後にすることができたのでした。


幕見席入り口。エレベーターで四階へ。


花道の七三が見えます(^^♪


夜の櫓


歌舞伎座夜景1


歌舞伎座夜景2


犬丸治氏の劇評 〜 YOMIURI ONLINE

[評]柿葺落六月大歌舞伎…海老蔵の「助六」 王道模索
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/stage/trad/20130610-OYT8T00625.htm

(松竹)
 第三部の歌舞伎十八番助六」は、歌舞伎の粋すいと贅ぜいを尽くした一大カーニバルだ。本来なら、祝祭の祭司は市川団十郎が勤めるはずだった。その痛惜を幸四郎が冒頭の口上で、劇中で三津五郎の通人が即妙のアドリブで巧みに代弁、故人への良き手向けとなった。

 市川海老蔵助六は、花道で傘を開いた一瞬で劇場全体を明るくする天性の花が存分に輝く。一方、初演以来観みる者を驚かせた、野放図なまでの野性味は影を潜め、父団十郎のおおらかな助六の面影が色濃くなった。意休いきゅう(左団次)へのギラギラとした挑発性よりも、江戸紫の由来に市川家の歴史を重ねる「うつり変わらで常磐木ときわぎの」のくだり、喧嘩けんかの戒めとして着た紙衣かみこ姿で辛抱する場面に深みが加わった。街を闊歩かっぽする助六とはかくや、と思わせた海老蔵の実在感は、楷書の芸であった父親の存在あってこそだった訳で、今回の「助六」は市川家の嗣子としての王道を模索する成長過程として見守りたい。

 中村福助の揚巻あげまきは、生酔いで花道を出るくだり、意休を痛烈な悪態であしらう押出しとも立派。母満江まんこう(東蔵)に付き添う場面も、助六の女房としての情愛がある。吉右衛門の門兵衛もんべえが洒脱しゃだつ軽妙で、対する菊之助の福山のかつぎの啖呵たんかが痛快。菊五郎白酒売しろざけうりが江戸和事の粋を見せる。ほかに「鈴ケ森」(幸四郎梅玉)。

三津五郎「喜撰」 雅と俗を自在に
 第一部「喜撰きせん」。『六歌仙』で知られる高僧の歌人をガラリとくだけて江戸前に見せる趣向で、坂東三津五郎の喜撰はその雅と俗のはざまを自在に踊り分ける。小野小町の見立てである祇園のお梶(時蔵)との恋の駆け引きも面白いが、“ちょぼくれ”での、源氏物語『宇治十帖』に通じる雅みやびな世界から、下世話な女房の嫉妬へと目まぐるしく変転する振りが飽きない。住吉踊りの軽妙さから「姉あねさん、おん所じょかえ」の色気まで歌舞伎舞踊の醍醐味だいごみを堪能できる。ほかに「俊寛」(吉右衛門仁左衛門)。


 第二部「土蜘つちぐも」。尾上菊五郎に対して吉右衛門源頼光と、共にこの主役を得意とする2人の共演だけに大舞台。菊五郎は前半の僧で音もなく花道に出て「如何いかに頼光」と語りかける一声から不気味。修行の厳しさを語りながら頼光の様子を窺うかがう鋭さ。後半に蜘蛛くもの精になってからも隈くまが乗り、すごみが利く。三津五郎の保昌やすまさ・玉太郎の太刀持ちが好助演。ほかに「寿曽我対面ことぶきそがのたいめん」(仁左衛門ほか)。(演劇評論家 犬丸治)

 ――29日まで、東銀座の歌舞伎座

(2013年6月17日 読売新聞)