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yosi0605's blog

とりとめのない備忘録です

恒例 ブログタイトル変更

動画 本・雑誌 日記

節分も過ぎ、今日は旧暦の1月1日です。
いよいよ新しい年が始まったという感じがしています。
季節や作物の旬を感じるのは旧暦が良いと思っていますので。
そこで心機一転、ブログタイトルを変更することにしました。
「またか」と言われることは重々承知しておりますが、何分個人の気の持ちようの問題でして、申し訳ございません。

思い返せばOCNででブログを始めてからずいぶん経ちます。
OCN→goo→amebaとブログサービスを渡り歩くたびにタイトルを変えました。
Hatenaに移動してからは「六連星(むつらぼし)日記新館」→(一瞬「『粗忽の使者』…』」)→「Tomorrow is another day」と変わりました。

「Tomorrow is another day」はご存じの方も多いと思いますが『風と共に去りぬ』の名台詞です(「After all tomorrow is another day」)。
昔は条件反射で「明日は明日の風が吹く」と訳すことが多かったように記憶してますが、やはり「明日は(今日とは違う)別の日なのだから」というのが映画を考えても正しいと思います。

震災後、自分は家も家族も無事でしたからそれなりに暮らせてますが、それでも慣れ親しんだ風景が無残に変わってしまったことで心の底のどこかが傷を負っているような気がしています。
いや、負ったのでしょう。
それでも時間が経つにつれ、津波で陸に上がった船が海に戻されるように、少しずつ何かが変わっていきました(船の移動はいつだったかな〜)。
そんな時に思い出したのが「tomorrow is another day」の名台詞で、タイトルに拝借したのでした。



そして震災から間もなく2年になります。
世の中は原発事故後の混乱と政治の混迷から、震災後のあの時にあった助け合いを覆い隠すような対立がそこかしこで深刻になっているような気がしませんか。
南の領土問題の対立を煽ることでまんまと政党の党首になって国会に返り咲いた男も出ました。
その男におべんちゃらを使うとっちゃん坊やは無傷でのさばってます。

そんな空気に抗うわけではないけれど、「いいものはいいのだから」と気兼ねなく言いたいために敢えて漢文のタイトルにしました。
よく知られている蘇東坡の「春夜」という詩の第一句です。

春宵一刻値千金 (しゅんしょういっこくあたいせんきん)
花有清香月有陰 (はなにせいこうあり、つきにかげあり)
歌管楼台声細細 (かかんろうだいこえさいさい)
鞦韆院落夜沈沈 (しゅうせんいんらくよるちんちん)

こちらも参照 春宵一刻値千金の意味- 国語 | 教えて!goo

尖閣問題で険悪な雰囲気が漂い、中国で対日暴動が起きていた頃、自分は「なんで張本人が雲隠れしているんだ」と憤りながら昔買った本を読んでいました。
(もちろん日本の領土であることは疑いありませんが)


中国の名句・名言 (講談社現代新書)

中国の名句・名言 (講談社現代新書)

内容(「BOOK」データベースより)
誰しも口にする、おなじみの名句。その意味をひもといてみると―使い慣れた「君子豹変」が、実は“立派になる”ことなど、思いがけない故事来歴をエピソード豊かに紹介し、名言に語り継がれた、人間の知恵と抒情を味わう。

昭和61年11月20第一刷の講談社現代新書
名句・名言の説明の中に1930年中国大連生まれの著者がさり気なく戦前の「空気」を描写してくれている。
『白髪三千丈』の項では一丈=十尺なので三千丈は九千メートルになることを説明して、

 戦争前のことですが、さんざん中国人の悪口を書いた文章の中に、「支那人」はウソツキで、とかく大げさに言いたがるというようなことを述べて、その証拠としてこの句を挙げているのを読んだ記憶があります。詩の表現をつかまえて「ウソツキ」とは恐れ入ってしまいますが、差別的発言をする人は、とかくそのように貧しい発想しか持ちあわせていないようです。(P168)

この項の最後は

「白髪三十丈」とすると、とたんにこの詩は色があせ、輝きを失ってしまいます。やはりこの句は「白髪三千丈」でなければならない。そこが詩の不思議なところです。(P171)

と結んでいる。

他には『背水の陣』が「綿密に組み立てられた作戦の一環」であり、決して「窮鼠猫を噛む」類ではないことを説明したり(それが『彼を知り己を知れば百戦して殆うからず』の項に続く)多面的な見方を教えてくれる本であります。

話を戻すと、『春宵一刻値千金』は軟弱な雰囲気満々な詩ですが、震災で亡くなった方の分も、今この時を楽しみたいと思う気持ちを込めたいと思った次第です。

そして、例えば日米が険悪になっても「ジャズっていいよね」と言い、日中が敵対しても「史記は面白いよね」と言えるような軟弱者でいたいと思うのです。
どんな国でもちゃんとした普通の人もいれば、そうでない人もいる。
そうでない人たちの方の露出が多いのは、メディアの形が違っても昔から変わらないと思いますよ。

でも軟弱も貫き通すのは大変だよなぁ〜、と少し弱気。

以上、タイトル変更の言い訳でした。