読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

yosi0605's blog

とりとめのない備忘録です

あの夜聴いた『時そば』

演劇・芸能

今回のエントリーははてなダイアリー今週のお題「私の宝物」に答えています。

あの東日本大震災から383日が経過した。

何度か書いたような気がするけれど、自分は気仙沼に住んでいながら津波自体を見ていないし、親戚に亡くなったおじいさんがいるけれど、家族は無事だった。家も、耐用年数は縮んだかもしれないが、見た目はさほど痛んでいない気がする。かなり幸運なケースだった。
それでも、薄暗くなってから自転車で外に出てみれば、信じられないところに魚が流れ着いているし、田中前という地区にある中学校のそばまで来たら、長靴の上から水が入るんじゃないかと思うくらい水浸しになっていて、何がどうなったのか理解できず頭が混乱した。
その夜は、鹿折地区の火災で空が赤く染まったのを見て、避難して来た人の話を聞いて覚悟をした。
翌日、自転車で港の方向を目指したら市立病院の下も泥と流れて来た車が折り重なっていて、さらに進んでみたが大川の手前で通行止めになっていた。その向こうには「あの」風景が広がっていた。

そして東京電力福島第一原発だ。

我が家にも親戚とその子供らが避難してきていたから、子供らの前ではそんな素振りを見せないようにしていたが、ライフラインが止まった闇の中、寝ながら「もうこりゃダメだな」と絶望していたのが正直なところだった。この時は映画『風が吹くとき』やJCO臨界事故の『朽ちていった命−被曝治療83日間の記録』 のことを思い出していた。

二三日して、改めて自分の部屋を見てみれば、固定が甘かった本棚が二つ倒れ、本が部屋中に散らばって足の踏み場もない。片付ける気力はなかったが、その中に池波正太郎の文庫本がかなりの数があったのが目に留まった。
その時、ふと池波正太郎がよく繰り返すフレーズ、(正確ではないが)「もう駄目だと思ったら無理にでも笑ってみるのだ」が頭に浮かんだ。『真田太平記』でも真田昌幸が源二郎(後の幸村)に言っていた。

「笑いか・・・」と、何となく落語でも聴いてみるかと思い、昼間のうちにインバーターを使って車のシガーソケットからiPodを充電した。夜、みんなが寝てからiPodの電源を入れて入っている落語を見てみる。しかし、時間の長い大ネタは聴く気分ではなかった。それで軽いのにしようと思い『時そば』を選んだ。

特に笑いはしなかったが、聴いているうちに、「落ち着いたら小野屋で蕎麦を食うか・・・」と考えた。
・・・ん?
・・・落ち着いたら?
・・・どう落ち着くっていうんだ?
・・・こんな状況で・・・
・・・。

あ、ひょっとして、気持ちが楽になってるんじゃないか?
そうかもしれない・・・。
なるようにしかならんのだ。

その夜は『時そば』を二回聴いた。

その何日か後、先輩に来てもらってロウソクの明かりで一緒に飯を食い、泊まってもらった。
その時は『井戸の茶碗』を聴いてもらった。
「いい噺だ」と言ってもらった。

聴いたのはどちらも柳家さん喬師匠のものでした。
3月8日の日記に書いた、「柳家さん喬師匠に執着するのにはちょっとした訳がある」、というのはこのことなんですね。

ずいぶん長い導入部でしたが、この時聴いたさん喬師匠の落語が「宝物」です。

柳家さん喬 名演集9 時そば/らくだ

柳家さん喬 名演集9 時そば/らくだ

柳家さん喬 名演集1 棒鱈/井戸の茶碗

柳家さん喬 名演集1 棒鱈/井戸の茶碗

そう言えば、「気仙沼さんま寄席」の記事を書いていて思い出したのだが、さん喬師匠も昨年とある落語会で『中村仲蔵』を生の三味線付き(恩田えりさん)で演ったと、ある方から聴いた。
う〜ん、聴いてみたい。