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yosi0605's blog

とりとめのない備忘録です

柳家喬太郎『落語こてんパン』

本・雑誌

現実が“能”のない“芸人”の一言に右往左往する、悪い意味で漫画チックな世の中に「良質な笑い」を提供してくれる落語という芸はつくづくありがたいと思う。これは現役の落語家がウェブマガジンで「俗に古典と呼ばれている落語」を「ぐずぐず」語ったエッセイをまとめた一冊。50席の古典落語のあらすじ、聞かせどころ(演じどころ)、エピソードを「のんべんだらり」と書き綴る。

生の落語にふれる機会が少ない、と言うかほとんど無いので、柳家喬太郎も昨年花巻市民会館で一度聞いただけ。なので、この人の芸は・・・なんて書けるだけの知識は持ち合わせていない。昨年聞いた『うどん屋』の印象が強かったので、てっきり『古典』の人かと思っていたら、「古典も新作も演じる」人らしい。昨日アップした動画『夜の慣用句』を聞くと、『新作』だけの人と思い込んでいる人もかなり多いのでないかと思う。

さて、この本、正直に言えば一度読んだだけではあまり響いてこなかった。あまりに緩く、少々盛り上がりに欠け、ウェブの連載ものだからこんなものかと思ったが、再読してみるとホォ〜と感心してしまうことがさり気なく埋込まれている。芸の怖さ、奥深さも伝えてくれる。『初天神』の項で、

 いつだったか、確か僕がまだ二つ目の初めの頃、師匠のお供でどこやらの学校公演に行った。たぶん中学校だったと思う。僕が『寿限無』だか『子ほめ』だかを演って下りると、
師匠が、
「今日はどんな生徒だい?」
「いやもうひどい生徒ですよ、クスリともしませんよ」
「そうかい」
 師匠はいつものように高座に上がり、いつものようにマクラを振り、いつもの『初天神』を演り始めた。生徒たちは、ガンガンウケていた。体育館中、爆笑の渦であった。
 あッちゃあ・・・・・・腕もねえくせに、なに生意気なこと言ってたんだ俺・・・・・・。
「お疲れさまでしたッ」
「おぅ」
いつも通りに高座を下りた師匠の口からは、小言めいた言葉は何ひとつ出なかった。
師匠の着物を畳みながら胸一杯に広がった恥ずかしさバツの悪さ。今でも忘れることはできない。


師匠とは柳家さん喬

こんなエピソードから噺家とその世界が垣間見えるのが何とも言えない。そんな噺家が心の底で目指すものも語られている。よく知られている『道灌』の項。柳家は大概入門して初めて習う噺が『道灌』だそうで、そうでなくとも前座のうちにたいてい一度は演るらしい。その大概誰もが知っていて、「普通に演じてバカウケするなど、現代では至難の業」である噺が「落語らしい落語を喋ってて、のんびりと楽しい」と思うようになり、

 将来『道灌』でトリをとれるようになるのが、夢である。いや、ただ演じるだけなら今だって出来る。トリの『道灌』でお客様達に充分な満足感を味わってもらって、その日の興業を終えるのが夢である。ことさらなケレンなど無しに、である。
 ハハハッ、いやはやたぶん生涯、無理だ。しかし存外、『道灌』でトリを・・・・・・なんて考えている、そういう噺家は多いのである。
 勿論、特に、柳家に。


相撲じゃないけど[花の三八]。学年で二つ、生まれ年で三つ上の同世代人。さらに白髪具合に非常に親近感?を感じる。「『道灌』でトリ」をとる高座を見てみたいと思ったりした。

噺の内容にある程度予備知識があった方が読みやすいと思われるが、ほとんど聞いたことがないという方でも苦にはならないと思う。読んでから聞いても、聞いてからから読んでもどちらでもいいだろう。「歌道には暗い」(^_^;)けれど、落語らしい暖かさが伝わるオススメしたい一冊。


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落語こてんパン

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